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NORAKOの隠れ家

子育てが終わり、夫婦二人暮らしとなったアラフィフ・パート主婦の日常です。

 在宅ホスピスについて思うこと

小林麻央さんが亡くなられました。

言いたいことや思いはたくさんありますが
それを口にしたり文字にしようと思うと、

なんだかとっても薄っぺらいものになってしまいそうなので
あまり多く感想を述べるべきことではないかなという気がしていますが
ただただ、悔しい気持ちです。

yahooニュースで「在宅ホスピス」についての記事があり
そこに寄せられた様々なコメントを見て

ん?思ったことが。

気になったのは

「在宅ホスピス」は裕福な家庭でないと無理でしょう・・・
(だから麻央さんは可能だった)

というような意見が結構あったこと。

本当にそうかな?

違うように思うのだけど。


わたしは母親を、52歳で悪性リンパ腫で亡くしています。

最後の数週間は在宅ホスピスでした。

在宅ホスピスに必要なのは多くのお金よりも
「24時間サポートできる家族がいるかどうか」の、そこだけのように思います。

確かにお金がかからないわけではないけれど
”一部の裕福な人でないと無理”というのは大きな誤解かと。

私の母親の場合は、当時県外に住んでいたわたしが、
息子の幼稚園の休園させて長期で実家に帰省し、
母を24時間サポートするという選択をしました。

もちろん、実家には当時まだ定年前の父がいましたが
家事はもちろんのこと、体を拭くとかトイレのサポートなど
やはり女性同士であったほうがいいことが多く
夫の理解と協力のもと、息子を連れて数か月過ごすつもりで帰省していました。
(結果的に1か月で夫のもとへ戻ることになってしまいましたが・・・)

当時も、亡くなった後から現在にかけても
わたしは家族のだれにも自分の気持ちを話したことがありませんが

在宅ケアをしている時は毎日毎日不安でたまりませんでした。

麻央さんと同じように鎖骨のところから24時間栄養点滴をしたまま
母は退院をしたので、

わたしが毎日、その点滴の交換をしましたし、
退院以前から、数か月にわたって高栄養点滴をしていたことで、
その点滴が原因で糖尿病のような状態?になっていたために
注射器でインスリンを注入させる必要もありました。

(もちろん、退院前に看護師から指導を受けてのことです)

母の容態が、まるで自分の手にゆだねられているような重圧と
点滴の交換、インスリンの注入ひとつとっても、

「正しくできただろうか?量は適切だっただろうか?消毒は十分だろうか?」と
看護師がやることを素人のわたしがやらなければならないという状況が
不安で不安で。

その不安を家族や母親に見せてしまうと
もっと不安にさせてしまうでしょうから、
それをひたすら飲み込んで隠していました。

「何かあったら、いつでも連絡を」と訪問看護の方からは
言われていましたが

病院だったら「ちょっとすみません」で気軽に看護師を呼び止めればいいことが

在宅になったとたんに、”この程度のことで電話してもいいんだろうか”と
迷う気持ちが生まれたり。

携帯もない時代でしたから、
電話を母に聞かれてもいけない、と寝ている隙を狙ってヒソヒソ声でかけたり

訪問看護師さんが来てくれた時も
不安な症状について、それを本人の前で言えないので
看護師さんを玄関まで送るフリをして、玄関の外で話したりとか。




在宅ホスピスは「大変」とひとくくりで表現されることが多いけれど


少なくともわたしの場合は


ケアと家事の両立で忙しかったことよりも、
毎日「不安」だったことしか思い出せないです。


病院は、小さな子供の出入りは制限を受ける場所なので
麻央さんの場合、病院ではお子さんと十分な時間過ごせないことなどから
自宅を望まれたのかな・・・

同じように、自宅を望む人の多くは
「場所」にこだわっているというよりも
家族と過ごす時間を少しでも長く持てる場所として
自宅を選ばれるようにも感じます。自分自身がまだその立場にはなっていないので
推測しかできません。


終末期をどう過ごすか?は本人の意思と、家族の事情によるものなので
答えはありませんが

自分はきっと在宅は選ばないと思います。


自分がいつどんな形で人生の終わりを迎えるかは
全くわからないことなので、
あれこれ考えてもしょうがないことですが

もし終末期がゆっくりと近づいてきて、選択する余地があるようなら
そのときは、病院がいいです。



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