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NORAKOの隠れ家

子育てが終わり、夫婦二人暮らしとなったアラフィフ・パート主婦の日常です。

 何の思い入れもないだなんて言えない。

「遠くの親戚より近くの他人」なんて言葉があるけれど

実際、自分の従兄弟以上の遠縁になると
ほとんど付き合いがないような縁になってることって
結構多いのでは?

私の父親くらいの年齢になると、
もう親戚自体、多くはないのですが

今でも仲良くしている従妹の方がいます。

わたしとの面識は・・・というと
わたしがまだ幼少のころに何度か会ったことがあるらしいのですが
当然、わたしの記憶にあるはずもなく
ハッキリ言って、わたしにとってはほぼ他人感覚。

そんな父の従妹という方には
大人になってから1度だけ会いました。

ハッキリ記憶にないけれど、息子が小学校に上がったばかりか
そのくらいだったと思います。

実家から高速道路を使って2時間半。

父に「〇〇ちゃんのところへ行くからお前も一緒に行こう」
と、気が進まないのに
息子ともども、半ば強引に連れていかれた十数年前が最初で最後。



父は、その叔母(厳密に叔母ではないけれど、わかりやすくそう呼びます)の家に
一晩泊まるつもりだったようなのですが、

父にとっては懐かしい従妹の家でも、
わたしにとっては、ほぼ他人同然の家。

うちは父親が非常に気難しい人間なので、
父の意に反することを言うのはかなり大変なのですが

このときも、

「〇〇ちゃんの家に泊まるだけなんだから、何にも気を遣うこともない」

などと、自分基準で泊まることを勝手に決めていたので

確か「頭痛がひどいから帰りたい」とかなんとか、
ウソをついて一泊しなくて済むようにした覚えがあります(笑)

「NORAKOちゃん、大きくなったねぇ。お母さんそっくりになったわねぇ」と

父と顔を見合わせて言われても、

はあ、そうですか・・・だったし、(もちろん心の声ですよw)

二人の思い出話がどれだけ弾んで
「昔はこんなこともしたのよ、こんなこともあったのよ」
と聞かされても、
わたしにはどうでもいい話だったし、会話が見えないし
ただニコニコと作り笑顔でその場をやり過ごすのが精いっぱい。
苦痛でしかありませんでした。



このときの訪問をきっかけに
この叔母さん夫婦から毎年年賀状が来るようになってしまったので
わたしのほうも義務のように毎年欠かさず送っています。

けれど、本当に申し訳ないけれど
私の記憶の中では、その十数年前の訪問1度きりしか思い出にないため
もはやどんな顔の方だったかすら、思い浮かばない人。

 

なぜ今こんな話を書いているのかというと
二日前に、この叔母から突然電話がかかってきたからです。


父が4月に入院していたことを父からの電話で知ったらしく
(↑私なら言わないけれど、父は気にかけて欲しい人なので方々に言う・・・)

「どうして教えてくれなかったの?」と言われ
「今度入院することがあったら、お手伝いに行くからすぐに連絡して」と言われ
「お父さんのこと、よく面倒見てあげてね」と念を押され・・・

話したのは10分ほどでしたが、なんだかドっと疲れが。
いい人なんです。いい人なんですが、やっぱりほぼ知らない人なのです

わたしにとっては。

まあ、”お手伝いに行くから”というのは本心ではないと思うけれど
私にとって他人同然の親戚の方に
わざわざ田舎から出てこられたら
むしろいろいろ気を使って疲れるから、
こういう申し出は遠慮させていただきたい。

そして極めつけは、

「お父さんのところに、〇〇〇を送っておいたから。
NORAKOちゃんの分もあるから、分けてもらって食べてね。」

と、何やら食べ物を送ってくれたらしいこと。

今日、父の様子見がてら実家へ行ったら
その叔母が電話で話していたもの・・・・
一人では到底食べきれない量のまんじゅう的なものを持たされました。

まんじゅうは好きではないのです。(キッパリ)

でも、父ではなく、その叔母が送ってきたものと聞いては
父に「要らない」とは言えず・・・・
仕方なく持ち帰りましたが・・・(困)


問題は、その叔母からのお届け物のせいで

父が何やらまた思いついてしまったこと。


「ずいぶん会ってないから久しぶりに〇〇ちゃんに会いに行くか?
お前も会いたいだろう?」



・・・・・。



いや、だから、わたしは顔すら思い浮かばないんですって。
まったく思い入れもないし、ほぼ他人感覚なんですって。

ごにょごにょと返事をはぐらかして
それとなく話題をそらしましたが・・・

そのうちまた言い出さないかと、少々ドキドキです。




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